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人肌エッセイ その(二)

エッセイ2

 


 「おい、今年のお花見はどこに行ったんだっけ?」
 「あら、あなたもう忘れたの? △▽公園に行ったじゃないの」
 「ああ、そうだったっけ…。アレッ? もしかして去年もあそこに行かなかった?」
 「そうよ。毎年あそこに決まってるじゃないの。 あなた、どうしたの?」

 人と桜の関係は妙なものである。

 時期ともなればあれ程待ち望み、天気予報の開花宣言に一億総一喜一憂の日々、にもかかわらず、時期を過ぎ、五月の連休あたりともなれば、最早こんな具合である。どうせ自宅周辺のお花見スポットなどは毎年決まっていて、時期になると何処もかしこも桜でまぶしたようになる日本のことだから、とりあえず、桜さえあれば場所なんて何処だろうとノープロブレム。とにかくどこかで「お花見」を消化することだけが深層心理の底でむずがゆく先行し、この国家的行事にとりあえず参加した!というだけで、なぜかホッとした気分になってしまうんである。


 もう二昔しも前の話しになるが、昭和六十一年の桜は開花が遅く、四月に入ってもすぐには満開にならなかった。
そのころ丁度臨月を迎えていた私は、お花見が終わってからゆっくり出産しようと、自分なりに春の予定を組んでいた。
それがなかなか桜が咲かない。天候もぐずぐずと寒さが戻りっぱなしで三寒四寒。大きなお腹を抱えたまま、私は近所の桜の大木を家の小窓から眺めては、ほころび具合を気にしていた。


 忘れもしない四月十三日、日曜日。予定日からは三日ほど早かったが、夕方から少し産気づいていた。
だが、二人目と言うこともあって余裕しゃくしゃく、日曜洋画劇場のスーパーマンⅠなどのんびりと見入っていた。
やがて映画もクライマックスという頃になって、さてどうしようかと考えた。
亭主はまだ帰って来ない。四歳の長男はもう眠くなってしまう頃だ。そうなっては出るに出られなくなるので、ヨッコラショッと入院の手筈をとることにした。

病院は国立市内にある。電話を掛けると「すぐに来て下さい」とのこと。かねてから頼んでおいた近所の友達に連絡し、車で送って貰うことにした。
数分後、玄関前のクラクションに促され、入院の荷物などを抱えて、そろりと夜の戸外に出た。
 三日見ぬ間の桜、と言う句があるが、二・三日家に閉じこもっていたうちに、すでに世間の桜は満開の時を迎えていた。病院までの道すがら、ときどき張ってくる下腹をさすりながら、

「うわー、サクラ満開ジャン!」
「そうそう、今日は夜桜最高よね。ついでだから見て帰ろうかなァ。フフフ、残念でした!」
「もう……やんなっちゃうなァー。ねぇ、ちょっと一回り見物してからでも間に合いそうだけど…」
「だめだめ、二人目は思ったより早いんだからね。あっ、知ってる? あそこの病院、休日夜間は三割り増しだってよ」
「エエッ! 聞いてないよー! イテテテ……」
と、いつも冗談のきついおばさんのマークⅡは夜の道をひた走り、ついにあの国立の大学通りまでやって来た。

 だがそこは、いつもの国立の街並みではなかった。
今宵つぼみで居られるかと言わんばかりに満開となった桜達が、夜の街をすべて飲み込んでしまっていたのだ。
花はまるで、雪と見紛うばかりにびっしりと枝々を覆って十重二十重に咲き詰め、夜空の在処さえ知れない。
しっとりと量感ある花の一房一房が、通り沿いの提灯の灯を照り返し、薄紫色の靄のように視界を埋め尽くす。
ああ……桜・桜・桜。

それは正にこの世の物とは思えない美しさだった。開花が遅かった分だけ、一気に開ききったのだろう。
夜風にちらほらと舞う花吹雪が、全開の車の窓からふんわりと舞い込んで、私のお腹の上に着地した。

「ああ、退院する頃には、みんな散っちゃうんだろうなぁー」

 それから程もなく、私は生涯最後の生みの苦しみを耐え抜いて、無事次男を出産するわけであるが、以後数日、この桜は私にとって、とんだ仇花となった。


 翌日、出産見舞いに来た両親や友達は皆、開口一番、
「まあ国立の桜の綺麗なこと。すごいわよ!  今日はお花見して帰るわ! なんていい時に来たんでしょう!」
「へェ、そう……(おいおい、ちょっと見て帰るものが違うだろ!)」

 新しき人類の誕生を祝うもそこそこ、彼の五体満足さえ確認したのかしないのか…。
まるでそれは、抗いようのない本能と宿命に曳かれるようにして、彼等は「いざお花見へ」と身を翻し立ち去ったのである。


 やがて一週間……。案の定、青々と芽吹き出した葉桜の下、身二つで無事退院したことは言うまでもない。

  人生に満開のあり桜かな

……おそまつ。

                      ( End )


この文章もかなり年季が入ってるね。

あるミニコミ誌に書いた物だけれど、

はてさて、今年の桜はどうだったけ・・・・皆さん覚えてます?
   りかこ


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