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短編 その(一)


 春、そろそろ脱皮の時が来る。

 体中がゾワゾワとして落ち着かない。新しい私が古い私を邪魔物にして、無理矢理追い出しにかかる。複合代謝が細胞レベルで始まろうとしているのだ。

 例の鼓動が耳の奥から忍び寄ってくる。春の鼓動、いつもの春の反乱の靴音。
本を読んでいても、ラジオを聞いていても、それは静かな周波数を伴って私の身の内に漲ってくる。独りでジッとしていると、もう矢も楯もたまらなく、とりあえず、なじみの古いロック喫茶へと向かった。


 「 どうも」

 「 あっ、いらっしゃい」

 「 マスター元気だった?」

 「 えぇ。……そうか、もうそんな時期になりましたか」

 「 フフフ、いつものヤツなのよ。また少しのあいだお世話になります」

 「 いやいや、こちらこそ宜しくお願いしますよ。何にします?」

 「 ディープパープルでコーヒー」


 店は、私の家から約三十キロ程離れたオレンジの月の谷にある。この辺りには銀河系開拓民が古くから多く住み着いていて、種々雑多な店が密集している。ここの店主は、彼の種族を培った惑星に古くから伝わるという、ロックとコーヒーとウイスキーを店の目玉にしていた。
 今の私にはこのロックが妙に心地良い。この刺激的な古代音楽とコーヒーの恩恵は実に絶大なのだ。毎年代謝が落ち着くまでは、この店に入り浸ることにしている。


 「 この時期はいろいろ大変ですね、オレ等には分からないけど」

 「 そうねぇ。もう慣れたわよ……産まれてからずっとですもの」

 「 でも生態代謝休暇がもらえるんでしょう。いいよなぁ。今年は何日ぐらい休めるんですか?」

 「 十日間。でもいい気分のもんじゃないわ。遊べる訳じゃないし」

 「 そういやぁ、オレ等の星でも、春になると花粉症とか言うやっかいなものが有ったそうだけどね、その昔は」

 「 ふぅーん。それって植物と関係あるの?」

 「 たぶんね。オレは知らねぇけど……」


 店内にはまだ客はまばらで、余り広くないボックスに一組のカップルがいるだけだった。カウンターには私一人。どこか寒々しい空気の中に、ディープパープルが唸り声を上げ始めた。
これだ、これがいい。私の体内反乱軍を束の間やっつけるには、このいい知れない異星の粗野な響きが丁度良い。血管と臓物の間を這いずり廻っていたいかがわしい虫たちが、古代ビート音の洪水に飲み込まれ、たちどころにかき消されてゆく爽快感。コーヒーの苦味も手伝って、すっかり気分が良くなっていた。


 「 そう言えば、あの綺麗な奥さん、今日はお店に出てないの?」

 「 えぇ、まぁ……。それがね、先月、出てっちゃったんすョ」

 「 エェー! ……なんで?」

 「 どうもこうも。とりあえず、太陽風の影響も有ったんじゃないかなァ……と」

 「 ふぅーん。……で、娘さんは?」

 「 ああ、家にいますよ。アイツも今丁度、ソレの時期でしてね。娘は下半身だけなんですが、それも あって、家に閉じこもってますよ」

 「 そうだったの。大変だったわね。悪いこと聞いちゃったかしら」

 「 いや、いいんすよ。もうこの辺りで知らない者はいませんから」

 「 いったいどうしたっていうの? あんなに仲良かったのにねぇ」


 異星種同士の混合にはいろいろと問題があって、とりあえずこの自治区では認められてはいるものの、銀河系政府は現在でも正式な法的解答を拒否したままである。とりあえず、個人個人の判断の領域に委ねる、ということになっている。


 「 まあ、娘さんもそのうち分かる時が来るわよ」

 「 そうだと良いんですがねえ。あのまんま家にかじりついていられた日にゃ、どうしたらいいんだか、ホントに困っちゃいますよ……。そう言えば、ルモーさんはお元気ですか?」

 「 それがね……、彼、死んじゃったの。去年の秋に」

 「 えっ! ホントですか? そんな、信じられないなァ今どき」

 「 そうでしょ、私だって未だに信じられないわよ。もうまったく散々よ」

 「 でもまた急にどうして…ライフ・セキュリティーがイカレてたんですか?」

 「 原因不明なの。朝起きたら急に倒れてそのまんま。ライフマシンも正常だったっていうんだけどね。あっさり死んじゃったのよ。レスキューが来た時にはもう生命反応は無かったわ」

 「 そうですか。そりゃぁお気の毒に……と言うか、羨ましい限りですよ、ホントに……」

 「 何言ってるの! そんな話エージェントに聞かれたら大変なんだから」

 「 だけどほら、今流行ってる歌、あるじゃないスカ、…死んで幸せ、死ねて幸せ…って」

 「 そう、そういうことかもね……私は大ショックだったけどサ……」


 やれやれ、短いようでいても一年は一年。マスターにも私にも、それなりに近況の変化はやむを得ない。だがもう、お互いの垢落としはこれぐらいで良しとしよう。これ以上はもう何も聞かないで、私は全身にロックを取り込むことに集中しよう。
 コーヒーを一口飲んでから、私は静かに瞼を閉じた。


 正直、今は他人の噂どころではない。一年に一度の代謝が完璧に終了しなければ、この休暇明け、次の仕事に有り就くことは出来ない。
生態代謝、つまり脱皮機能を持つということは、我々の種族における唯一のマイナス反応として、ライフエージェントから慎重な行動を取るよう促され、監視されているのだ。従わない者はライフ・レベルを強制的にアップされてしまう。
それはもちろん、違反分子としての延命処罰を意味する。


 実は、死んだルモーも結構言いたいことを言う人だった。彼はエージェントから違反分子として目を付けられ、去年も二度連行された挙げ句、ライフ・レベルを二百三十年もアップされてしまったのだった。その上、彼は恒星間輸送船の航海士だったから、冷凍期間も含めると、ざっと見積もってもあと七百年は生かされる計算になっていた。今考えるとそれが命取りだったと思う。きっと無理なライフ・アップにセキュリティーが耐えられなかったのだ。

 この無為な延命処罰を、超法規的残虐行為であるとする多くの異星種同盟は、この悪法改正に向け躍起になっているが、政府は『銀河系恒久平和の遂行に於ける最も有効かつ有益な行政手段』として譲らない。
異星種の混在と混合は、正に『全銀河系生命体の末期的現象』であり、『ライフ管理はその歯止めとして最重要・最優先とされねばならない』、というのが政府の言い分だ。
この星の様に中央から外れた自治区では、行政側も充分に監督関与できないのが現状だが、しかし、ライフと仕事の両方を握られている我々は、政府に盲従するより仕方がない。今更、死刑制度を復活させたところで、受刑願望を持つ者は数百億、いや数千億ともいわれている。

 抗粒子シールドの開発により、恒星間の最終戦争に終止符が打たれたのは、今から約二千八百年程前である。それ以後、銀河系政府は恒久平和を旗印に、ライフ管理システムの開発に着手。一千年程で、ほぼ完璧なライフ支配体制が定着した。
かつて古代銀河において、超現実とされていた不老長寿。それが可能となり、殺人も病気も根絶された。が、ただ問題は、生命は誰のものなのか、ということなのである……。


 もやもやと立ち込める不快な臭気のように、またも例の鼓動が私にまとわりついてくる。視界を揺すり、しなやかな触覚や繊細な翅の先までもブルブルと震わせる。


 「 だめだわ、もっとリラックスしなくっちゃ……」


 せめて与えられた休暇を少しでも楽しく過ごしたい。この店のハーディーなロックに、身を存分に浸しながら……。


 と、閉じかけた瞳の内側が急にボーッと白く輝きだした。ふり向いて見ると、さっきからボックス席にいた植物系のカップルが、何と光生殖に及ぼうとしていた。
いつの間に始まっていたのだろうか。蔓のようにスルスルと伸びて絡み合った何本もの触手。それはお互いをしっかりと包み合い、抱き合い、覆い被さって薄緑色に発光し、二人の存在は今まさに一つに溶け合おうとしている。マスターはあわてて止めに入った。


 「 お客さん、こんな所で困りますよ。いくらなんでも止めて下さいよ。ライフ・エージェントに知れたらどうするんですか! 止めて下さい!」


 マスターの制止は間に合わなかった。光生殖を行う種族は主に植物系の星から来た者達で、その反応には様々あるが、この客のそれは発光と共に異様な悪臭を放つものだった。
 こうなっては、もうどうしようもない。いくらラブラブの最高潮だからって、この匂いにはさすがの私もたまらず、マスターに目配せして、早々に店を立ち去ろうとした。
と、次の瞬間、フラッシュのような金色の閃光が店全体に走ったかと思うと、白く光る真綿のような何百という胞子が、一斉に空中にフワフワと舞い上がり始めたではないか。その突然の成り行きと、あまりの美しさに私は目を見張った。
こんなに綺麗なのは見たことがない。ラブラブの結実、胞子の乱舞。


 「繭ホタル……そうか、噂には聞いていたけど、きっとこれなんだわ……」

 だが、この美しい愛のステージも束の間だった。例によって、ライフ・エージェントの探査ステルスが、もう店の上空を旋回して、警告のアナウンスを流し始めている。


 「 マスター、もう逃げた方がいいわよ」

 私はマスターに一声かけて外に出た。
案の定、店の外はパニックに近い状況に陥っていた。見物の野次馬と逃げまどう人々。店の周囲に居た植物系の人々は、突然の胞子の襲来に大いに慌てていた。植物系の種族は、異種の胞子に触れると過敏反応や生殖異常につながる危険性があるからだ。
いつもながら、騒がしいことこの上ない。探査ステルスはすでに着地し、連行用ロボットが店の周囲を忙しく走り回っている。その間をかいくぐって、ようやく騒ぎから抜け出した。


 「 あぁーァ。もう少し聞いていたかったなァ……、パープル……」

 また明日、来ようと思いながら、私はふらふらと狭い路地を、繁華街とは反対の方向に抜けて行った。ふと見上げると、見慣れない小型の宇宙船がマスターの店の方からこっちへ飛んで来る。操縦席には、光沢のあるラピスカラーの髪をカールした、見覚えのある美しい人影があった。
そう、あれは確か失踪したはずのマスターの奥さん。こっそり娘でも迎えに来たのだろうか。折りしも店はどさくさの真っ最中。あーぁ、マスターも本当についてない。戻って知らせてやろうかとも思ったが、いまさら戻る気にもなれなかった。
 プラズマを振り撒き、奥さんの宇宙船は速度を上げて飛び去って行った。明日またあの店に行くのは、やっぱり止めておこうと思った。


 どんなに現実がショックだろうと、いずれ諦めるしかない。まさか、自分でライフ・セキュリティーのロックを外すことなど、全く不可能なのだから。
 我々の生命は、体内に埋め込まれたライフ・セキュリティー・マシンによって、各々の細胞レベルの情報から、微細な電気的反応に至るまで、全て自治区のホストマシンによって制御され、監視され続けている。
生命の維持・修復に関するコントロールは確かに有益だが、それは生きる主体としての『意志』そのものをコントロールする、いわば体の良い奴隷制といったい何の変わりがあるのだろうか。
 私の彼のように、たまに不良品に恵まれて、すんなり此の世からおさらば出来る幸運な人もいるんだけど……。


 谷を抜け、崖を一気に上り詰めると、そこは平淡な台地である。どこまでも続く砂漠の向こうに、点々と異星種のコロニーが見える。すでに太陽は沈み、この星と双子星のオレンジの月が昇ろうとしていた。
これからがこの星で一番美しい時間かもしれない。今この星の下生とし生けるもの達、それら全てに平等にオレンジの月の光りが降り注ぎ始める。私は崖の淵に立って、今まで居た喧噪の谷を見下ろした。

 オレンジの月の谷は、谷と言っても少々大きめのクレーターに過ぎない。その丸い底いっぱいに小さな店がひしめくように並び、店々にはネオンが煌めいている。そのネオンもまた、全てがオレンジの月明かりと共鳴するかのようにボーッと霞み、まるでそれ自体が一つの丸い発光体のようだ。
見上げれば濃紺の宇宙。冷たい鉱物船の群れ。砂を撒いた様な星々。

 「 こんな平凡な夜景に見とれるなんて……

  やっぱりどうかしてるわね、私……」


 代謝の時期は、妙にロマンチックになったり、急激にイライラしたりを繰り返す。このまま外に居れば、またどんな厄介に巻き込まれるか知れない。この時期の私は、自分でも突然何をしでかすか予想できないし、とりあえず、家にもどって代謝覚醒降下剤でも飲んで寝てしまうのが上策だ。まだまだ、休暇は始まったばかりなんだし……。
 私はパール色に輝く自慢の背翅を大きくひろげ、オレンジの月の光の中を思いっきり飛んだ。

- - - - - - - -



 その昔、マスターの種族が育った星では、自分の余命に関する責任は、全て自分にあったそうだ。何しろ、今よりは比べ物にならない程、短命だったそうだから。
それでも無謀に生きれば、より短く、大事に生きれば、それなりに百年程は生きられることも有ったらしい。誰かに生かされていた訳でもなく、自分から生きることを止めることさえ可能だったのだ。さらに自分の意志で、自身のパーツを他の生命体の維持に提供することさえあったというから、生命の維持がそれほどに困難な時代があったのだ。
多分、それは死と隣り合わせの暗い時代だったのかもしれない。しかし、生命の自由と尊厳は、今よりももっと真剣に語られ、試行錯誤されていたのだろう。その善悪も含めて。

 今の私達には、そんな真っ当な権利や自由は認められていない。全てはライフ・セキュリティーの管理下にあり、強制的に生命は維持され、働かされている。自ら死ぬことは許されないし、出来っこない。
混在し始めた多様な生命体の絶滅や混合を未然に阻止し、制御抑制すること。それがいわゆる『明るい銀河系の正義』というものらしい。
 私の緑色の尾にも、鈍く光るライフ装置が埋め込まれている。今日も明日も、たぶんあと二百八十年位は、絶えず点滅し、管理し続けられることになるのだろうが……。


 ドン・ドン・ドン……
   ドン・ドン・ドン


 いきなり、扉を乱暴に叩く音がした。
 誰だろう。こんな時間に……。

 扉を開けると、近くに住む我々と同種の奥さんが、もの凄い形相で飛び込んできた。


 「 ねえ、聞いた? 自治区の緊急放送!」

 「 えっ、私今帰って来たばっかりだから……何か有ったの?」

 「 それどころじゃないわよ! 政府のライフシステムが異星種同盟軍に乗っ取られたんだって。破壊はもう時間の問題だって。もしかしたら、もう破壊されてしまったかも知れないわ!」

 「 えぇっ! でもまだ私のマシンは点滅してるわよ」

 「 だって他の自治区ではすでに死人が続出してるって言ってたのよ! ねえ、どうしたらいい? うちの娘、今α―K星雲に就職してるのよ。私はもう飽きるほど生きたからいいけど、娘はまだ百二十歳なのよぅ!ねぇ、どうするのよー!」

 取り乱す彼女は、両手で私の肩を掴んで激しくゆする。

 「 だって、そんなの信じられない!」

 「 私達って本当は何才まで生きられるの?」

 「 そんな、急に聞かれたって、平均寿命のデータなんて、もうとっくに消されちゃってるわ。私達、いったい幾つまで生きられる種族だったっけ……」

 「 いやだぁー、ねぇねぇ、どうしようー!」

 「 ……う、うん………」

 青ざめて震え出す彼女。私はただ呆然と立ちすくんだまま、無表情に冷えて行く脊髄をどうすることも出来なかった。
力無く崩れ落ちる彼女を抱きとめながらも、それがまるで仕立てられた映像のように、ゆっくりと私の瞳の中を通り過ぎていく。

 何をして良いのか……何を言えばいいのか……。


 『 あーあァー。やっちゃった…ね………‥ ‥  』



 オレンジの月の光の中、いつになく静かな夜が、いつものようにオレンジ色に更けてゆく。

 もう誰も動く者は居ない。
いや、いま一つ、また一つ、白く輝く真綿のような胞子達が、その谷から湧き出すように飛び上がり、オレンジの光に誘われながら、地表へ地表へと舞い降りて行った。
産まれたばかりの命達が。

                          【The END】


ちょっとSFロマンに凝った時期があって、

もっと暗~くって、寂寥とした宇宙観を展開していました。


その中で生き物の持つ宿命やらその本来の意義やら……

まあ、その前にロマンスありき、かな?

いまの「宇宙の宇」や「COSMOS」なんかにも、

私なりの宇宙観が入っているけれど、皆さんはいかが?


ちなみに私は映画も宇宙物や怪獣物のSFが好き!

地球上の常識なんか KU・SO・KU・RA・E!! 
りかこ



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